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1月4日朝、ちょっと頭痛がしたけど身づくろいをしている間にすぐに良くなる。
大丈夫だ。

この日はタシルンポ寺に行き、シガツェからラサに戻る。

タシルンポ寺はパンチェン・ラマの本拠地だ。
ポタラ宮は縦に大きいが、ここは横に大きい。
霊塔殿群まで迷路のような路地を進んでいく。
今もたくさんの僧侶・修行僧・小坊主達がいる。
そして霊塔殿群をコルラするたくさんのチベットの人々。
なぜだか分からないけど私はここが好きだ。
と、とても思った。

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11時ごろにシガツェを出発し、ラサへ向かう。道はずっと舗装された道路。
景色は岩山がずーっとつづく。

16時半ごろラサへ到着。もう旅は終わりだ。
翌日には上海へ飛び蘇州へ帰る。日常への復帰。

思い切って来てよかった。機会があれば夏にも一度チベットに来てみたい。
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チベットの旅再開しましょう。

ヤムドク湖畔を走る。湖畔を4分の1周した頃から道はヤムドク湖を外れていく。
ヤムドク湖が見えなくなるあたりから、舗装された道から砂利道、砂埃道に変わる。

そして、しばらくすると

暑い

とにかく暑い。
海抜が高いから太陽が近い。太陽が近いから日差しがキツイ。
日差しがキツイから車内の温度どんどん上昇する。
舗装された道ではないから窓を開けると砂が入ってくるので開けることもできない。
暑いし空気も薄いから気分が悪くなってくる。
4500~5000メートル級を車はガッタンガッタン走る。
頭痛が始まる。高山病再びか??


ヤムドク湖とギャンツェの間にはカロ・ラ(5045メートル)という峠があり、そこから氷河を
見ることができる。車からおり写真を撮るが、体調の悪さで感激する余裕無し。

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持ち込んでいた酸素吸入してみるが、あまり効かない。。。

2時間ほど走っただろうか、
気づくとギャンツェ・ゾンの目の前。
ギャンツェではパンコル・チューデ(白居寺)を見学したが、
ガイドさんの説明も頭に入ってこない。とにかく気持ち悪い。
(今考えるともったいないのだが、仕方なし。)

今日はギャンツェ宿泊ではなく、シガツェ宿泊。
まだ車を走らせなければならない。
運転手さんに聞くと、ギャンツェ→シガツェ間は舗装されたいい道だ。
シガツェに着くまでひたすら我慢。

夕刻シガツェに到着し、ホテルにチェックイン、1時間ほど休憩し夕食を食べに出た。
食欲がなかったので食べたくなかったのだが、少しでもおなかに入れておいたほうがいいと
言われ、中華レストランでワンタンを注文。3口ほど食べこの日は早々と就寝。

シガツェは、海抜3836メートル。前日までいたラサより200メートルほど高いだけ。
明日は回復していますように。

~つづく~
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まだまだ、どんどん、チベットの旅続きます。


1月3日朝9時 トヨタのランクルと共にガイドさん登場。
運転手は別にいる、彼もチベット人。このチベット人の彼普通話が苦手のようで、
私に話しかける時は、ガイドさんにチベット語から中国語に通訳させていた。。。
それはさておき、
この日のルートはラサからカムパ・ラ(4750メートル)、ヤムドク湖畔、
カロ・ラ(5045メートル)を通ってギャンツェへ、その後シガツェへ向かい、
この日はシガツェで宿泊。
いわゆる仲尼公路を走るわけである。今回はシガツェから先に行かず、
別のルートでラサに戻るのだが、シガツェから西へ西へ向かうと、
ネパールのカトマンドゥまで続く道だ。

ガイドさんによるとヤムドク湖→ギャンツェ間の一部は夏の間は道路工事のため
通行止めになっていたらしい。
もし夏にラサからヤムドク湖、ギャンツェ、シガツェに行きたいと思うと、
まずラサ→ヤムドク湖→ダガル(来た道を戻ることになる)→シガツェ→ギャンツェと
遠回りをするしかなく、帰りはギャンツェ→シガツェ(来た道を戻る)→ラサとなる。
なので、冬のほうが効率よく時間も短縮して巡ることができるし、
カロ・ラから氷河を見ることができるので良いとのこと。
こんなことは行くまで知らなかったが、とにかく冬に来てラッキーだと言いたかったようだ。
冬は晴天が続き天候がいいので景色も素晴らしいし、と彼女の話は続くのだった。


ラサから1時間半のカムパ・ラに到着。ラは峠を意味する。
峠に降り立つと吹き飛ばされそうな強風。しかし
とにかく絶景!!
深いエメラルドグリーンのヤムドク湖と遠くに見える雪山はノジン・カンサン(7191メートル)。

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チベットの習慣の通り、この峠ではバルコルで買ったルンタ
(馬の絵の描かれた正方形の色紙)をばらまいた。
写真はガイドさんがルンタをばらまいた瞬間だ。

~つづく~
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2日、11時過ぎポタラ宮へ入宮、外国人は入場料100元を支払う。
周りにいたチベット人に聞いたところ、彼らの入場料は1元と言っていた(と思う)。
もしかしたら5元だったかも。。。(はっきり覚えていない。)
中国の外国人料金は云々と言う人もいるかもしれない。
しかし、ポタラ宮に入ってみれば分かるはずだ。
私も含め観光客と違い、彼らは巡礼でポタラ宮へ行くのだ。
ポタラ宮の中には歴代ダライ・ラマの霊廟やそれぞれいわれのある仏像などなどがあり、
彼らは現金やバター(灯明のための)をそれぞれの廟や仏像にお供えしていく。

ポタラ宮に入るには前日に予約をしておかないといけないとガイドブックなんかには
書かれているが、それは夏の観光シーズンなどの観光客の多いシーズンの話。
また、このようなときは見学の制限時間があり、1時間で出てこないといけないとか。
私の行ったときには、予約無しで直接入ることができ見学の時間制限もなし。
急な坂道あり、内部にも急な階段ありでかなり息があがりましたが、
2時間ぐらいで見終わりました。

増築増築でおおきくなったポタラ宮、不思議な建物です。

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ポタラ宮のあとは、バルコルから奥に入り裏路地を探索。
普段着や野菜やバターはたまたパンチェン・ラマの写真など
雑多に色々が売られていて楽しい。
ここで明日の長距離移動のおやつにみかんを購入した。

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裏路地探索で結構な距離を歩いたので疲れてはいたが、夕方
なにかお土産になりそうなものを買いたいなぁーと思い、ホテルから徒歩5分ぐらいの
ラモチェ(小昭寺)へむかい歩いていた。ラモチェまでの路の両側には、
たくさんのお店があり、手にとっては値段を聞いていた。

ところが、歩いていると急に背中のリュックが重くなった。あれー??と思い
勢いよく後ろを振り返ると、少年が私のリュックからパッと手を離したように見えた。
リュックのチャックを見ると、少し開かれている!
瞬間湯沸かし器の私はすぐさま頭に血が上り、
「何しとんねん!何盗ったんや!盗ったもん返せっーー!!」(大阪弁に翻訳)
と叫び、少年の肩をドンドン突いてやった。(ここで一気に周りの注目を浴びてしまった。。。)
この少年が何も反論してこないので、もう一度繰り返した。

急いでリュックの中を確認したところ、何も盗られていなかった。スリ未遂である。
というか元々現金やパスポートなんかはリュックに入れていなかったのだった・・・。
パスポートは旅行用の貴重品を入れるウェストポーチ(腹巻型)の中だし、
現金とクレジットカードの入った財布はダウンコートの内ポケットの中だし。
まぁ、掏られて困るようなものはリュックに入れておくはずがない。
スリ少年の方としては、盗る価値のあるものがなかったから、
何も盗らなかったということかもしれないが。。。


なにはともあれ、旅先ではご注意を!

~つづく~
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ジョカンの上から。遠くに見えるのは世界遺産ポタラ宮。

バルコルを何度もコルラした。コルラというのは、日本語で右遶(うにょう)というらしい。
意味は、仏塔や仏像、聖山など神聖なものの周囲を巡ること。仏教徒は時計回りに廻る。
これにあやかった訳ではなく、バルコルにあるたくさんのお店に出たり入ったりして
見て聞いて、気づいたら何度もグルグル巡ってしまっていたわけである。

バルコル・ジョカン見学後、ノルブ・リンカ(ダライ・ラマの夏の離宮)へバスに乗って向かう。
バスの中からポタラ宮のお尻(というのか背中だ)が見えた。
考えてみれば当たり前だが、よく見るポタラ宮の写真は正面から撮られたもの、
だからと言って正面しかないというわけでなく・・・。こんな変なことを考えながら
バスの埃で薄よごれた窓ガラスを通してポタラ宮を見ていた。

ノルブ・リンカには夏に行ってみたい。冬のノルブ・リンカはなんだか寂しい印象。
ノルブ・リンカの中にあるダライ・ラマ14世の離宮内部は絢爛ではあったが。


明日はポタラ宮へ突入だ!
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      ↑ポタラ宮のお尻。だ。

~つづく~
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元旦である。31日の大晦日の夜にラサに到着したわけであるが、
元旦の朝も寝坊。8時に起きるつもりが、9時起床。
高山病の症状は全くない。大丈夫♪よかったぁー。時間を無駄にせずにすむ!
この日の朝ガイドさんが様子を見るためにホテルまで来てくれていた。
ガイドさん曰く、お客さんによっては2日間寝込むような人もいるらしいので、
全然大丈夫な私のことをすごいすごいと言っていた。
(まぁ、前日は苦しんでいたのだけれども。苦笑)
ガイドさんもまだ朝食を食べていないということだったので、
一緒に朝ごはんを食べに外に出た。日向はとても暖かい、
分厚い下着を着込んでいたおかげで少し歩くと少々汗ばんだ。
ガイドさんお薦めの安い中華ファーストフード店に入った。
元旦の朝食はお粥とゆで卵と包子。
包子も蘇州で食べるより味が薄く美味しかった。

朝食を食べながらラサ(拉萨)という土地の名前の由来を聞いた。
ガイドブックなどに書かれているのはラサは「神の土地」の意。
元々チベット人の間では「ヤギの地」の意のラサ(ラがヤギの意で、サが土地の意)
と呼ばれていた。
このラの発音は英語や日本語や中国語のLAとかRAの発音でなく、
ラテン語なんかの巻き舌で言うRAの音に近い。
「ヤギの地」と呼ばれるようになったのはジョカン(ラサにあるチベットで最も聖なる寺院)
と関係がある。ジョカンがある場所は元々湖でそこを埋めるために北の方から
土を運んできたのだが、その土を運んできたのがヤギであったという。
「神の土地」となったのは中国がチベットに侵攻し、中国の支配下におかれ
漢族(主に四川の)がチベットに入植してきてから。
中国語にチベット語のヤギの意のラという発音がなかったため中国語のLA(拉)の音で
言い換えられ、中国語のLAの音はチベット語でも良い意味があり、「神」を表す。
そしてラサ「神の土地」となった。

朝食後ガイドさんと別れた。次にガイドさんに会うのは2日後ギャンツェ、シガツェに行くとき。
丸々2日間ラサを見て回れる。

早速ホテルから近いジョカン(大昭寺)・バルコル(八角街)に行くことにする。
民族衣装を着たたくさんのチベット人の物売りたち、地元ラサの人達、
地方から巡礼に来た五体投地をする人々。マニ車を持ってコルラする人々
ものすごい賑わい!!!

冬は巡礼の季節だという話を実感する。
夏のラサはこんなに巡礼の人はいない(らしい)。

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~つづく~
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↑18時44分
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↑19時07分
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↑20時38分

22時30過ぎ私の乗ったN917はチベット自治区の区都ラサに到着。
ホームに降り立った瞬間、お香の煙い匂いを感じた。
町中でお香がたかれているのだろうか?

真っ暗中、チベット人のガイドさんが出迎えてくれた。とりあえず中国語が通じるので一安心。
ホテルまでの道のり、街に入っても輝くネオンなんてものはない。
30分ぐらい車を走らせただろうか、予約していたヤクホテルにチェックイン。
案内された部屋に入ると、エアコンから冷たい風が出ていることにホテルマンが気づき、
他の部屋へ案内された。新しい部屋はとっても暖かい。

この日はシャワーを浴びて疲れた体もすっきり。
(ちなみに高山病を避けるためには着いた日にはお風呂は入らないほうがいいとのこと。)
翌日に備えそのまま就寝。明日は何をしようか??

~つづく~
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↑14時41分
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↑14時42分 青蔵鉄道最高地点
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↑17時37分
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↑17時40分
~つづく~
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↑10時47分撮影
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↑11時03分撮影
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↑11時56分撮影
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↑13時06分撮影
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↑13時30分撮影
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↑14時35分撮影

~つづく~
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ガイドブックには、山酔い(高山病の初期症状)は
標高3000メートルを超えると現れる症状で(早い人だと1200~1800メートル)、
頭痛、食欲不振、吐き気、睡眠不足、手や顔のむくみなどの症状が見られ、
高地到着後6~12時間後に始まることが多い。と書かれている。

海抜が高くなればなるほど酸素濃度が低くなるわけですが、
低酸素状態に低地人の体が慣れるまでは、上記の症状がでやすいということ。

かく言う私も例に漏れず。
2日目の朝、同じコンパートメントの方々と食堂車に行き朝食を食べることになったのですが、
お粥を2口食べたところで、吐き気が襲いトイレに駆け込みました。
(もちろん・・・全部出してしまいました。昨日の満腹料理のおかげです。笑)
食事を続けることが出来ず、ベッドでしばらく休みました。
この青蔵鉄道はゴルムド(海抜2800メートル強)を過ぎるあたりから酸素供給をするように
なっているので、チューブを鼻に差し酸素吸入。これで随分楽になります。
心配してくれた同じコンパートメントの方から高山病の薬を頂き服用。
(Oさん、ありがとうございました。)
このおかげで1時間後ぐらいには、頭痛も吐き気もすっかりよくなり、
車窓からの風景を楽しむことができ(もちろん写真も撮りました)、
お昼には皆さんと一緒に食事ができるようになりました。

私のこの症状、低酸素の状態では脳に優先的に酸素を送り、消化器官への
酸素供給が十分でなくなるために、食べ物を消化できなくなるということのようです。
ガイドブックには、ゆっくり歩く、アルコールや喫煙を避ける、水をたくさん飲む、薬を飲む
等々の予防法も書かれていますが、
なるべく消化の良いものを食べる!食べる量を少なくする!というのも
付け加えてほしいですね。


2日目目を覚ましたのは、ゴルムド到着のあたり。まだ外は暗く何も見えません。
8時半ぐらいからでしょうか、空がうす明るくなりはじめました。
この日夜ラサ到着まで、“チベットの車窓から” 満喫です!

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↑8時47分撮影

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↑8時49分撮影

~つづく~
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